Nostalgie du Futur “Le Japonisme”
未来のノスタルジー“ジャポニズム”
福井 真菜
時代と文化を超えて交差する、ジャポニズムの過去と未来を繋ぐ三部作。
ジャポニズムに影響されたアール・ヌーヴォーの中、その時代の前衛たちは訪れたことのない東洋を夢想し、未来を想像しながら作品を投げかけました。
彼らの想像した「未来」において、最先端の録音技術に支えられながら音楽を創造している私たちの「現代」は、いずれ、未来の「過去」となります。
今日、この現代社会に生きる私たちは、過去の偉大な芸術家たちの遺産によって育まれた内面性をどのように音楽に反映し、演奏し、録音によって世界の人々と共有し、また私たちの想像する未来へとヴィジョンを投げかけるのでしょうか。
本作品「未来のノスタルジー“ジャポニズム”」はVol.1《ジャポニズム》、Vol.2《ジャポニズムとオリエント》 Vol.3《珠玉の小品》の3つの作品で構成されています。
Vol.1《ジャポニズム》は、19世紀末に開催されたパリ万博をきっかけとして沸き起こったジャポニズムに影響された、その当時の前衛作曲家であるドビュッシーやラヴェルの音楽を中心とした視点。
Vol.2《ジャポニズムとオリエント》は、ドビュッシーやラヴェルたちによって大きく扉を開かれた調性の色彩パレットに刺激を受けた作曲家たちによるオリエントをテーマにした曲と、日本文化の静と動の世界を見事に音で表現した武満徹の音楽の二つの視点。
Vol.3《珠玉の小品》は、その時代に作曲された、珠玉の小品集です。
Vol.1〜3まで続けてお楽しみください。
L’art japonais est un « art nouveau » qui aura un large impact sur la créativité européenne
「日本の芸術は「アール・ヌーヴォー(新たな芸術)」であり、ヨーロッパの創造世界に多大な影響を与えるだろう」
サミュエル・ビング 美術商 1838‑1905
19世紀末、パリにおいて5回に渡って開催された万国博覧会において浮世絵を中心とした日本美術が初めて出展され、「ジャポニズム」は熱狂を持って迎えられ、絶大な影響を与えました。それは一時の流行に終わらず、印象主義を経てモダニズムへと変革する芸術の流れに決定的な作用を及ぼし、20世紀以降の芸術運動の発端ともなりました。
美術だけではなく、音楽においても、19世紀末から20世紀初頭にかけて、多くの作曲家たちがジャポニズムに影響を受けました。
1875年に生まれたラヴェルは、パリ万博の熱狂の中、多感な青年時代を過ごし、1901年、パリ音楽院時代の総括として「水の戯れ」を作曲します。「水の戯れ」に先立つピアノ曲は古典的要素に形容されたものでしたが、「水の戯れ」において、ラヴェルはペンタトニック(5音階)和声による新たな境地を開きます。
また1862年に生まれたドビュッシーは、1903年に「映像」を発表し、やはりペンタトニックによる東洋的世界を表現し、その後の印象派音楽のピアノ書法を確立します。
東洋的音形は、19世紀ロマン派とは全く異なる新たな色彩パレットを生み出し、その潮流はその後の近現代音楽世界の幕開けとなりました。東欧においてもその民族的特色を生かした斬新な音楽手法が生まれ、また日本においては、ドビュッシー達に多大な影響を受けた武満徹による花伝の世界が確立されました。
ジャポニズムに影響されたアール・ヌーヴォーの中、その時代の前衛たちは訪れたことのない東洋を夢想し、未来を想像しながら作品を投げかけました。彼らの想像した「未来」において、最先端の録音技術に支えられながら音楽を創造している私たちの「現代」は、いずれ、未来の「過去」となります。今日、この現代社会に生きる私たちは、過去の偉大な芸術家たちの遺産によって育まれた内面性をどのように音楽に反映し、演奏し、録音によって世界の人々と共有し、また私たちの想像する未来へとヴィジョンを投げかけるのでしょうか。
「未来のノスタルジー“ジャポニズム”」を通して、近現代から現在までのフランスと日本の文化交流と、それによって誘起され、触発され、世界視点で拡大された音の世界をご堪能ください。
福井 真菜(ピアニスト、本作品キュレーション)
Nostalgie du Futur “Le Japonisme”
– 未来のノスタルジー“ジャポニズム” –
福井真菜
収録日・場所:2024年1月11日〜14日、5月16日〜19日 八ヶ岳やまびこホール
本作品は、Dolby Atmos版およびステレオ版を各種音楽サブスクリプション・サービスよりお楽しみいただけます。
※ご試聴いただける各種音楽サブスクリプション・サービスは、配信ディストリビューターの都合により変更になる場合がございます。
Vol.1
未来のノスタルジー ジャポニズム
Nostalgia of the Future – Japonism
Vol.1《ジャポニズム》では、ドビュッシーとラヴェルによるピアノ作品を通じて、19世紀末のジャポニズムがフランス音楽にもたらした繊細で幻想的な影響をたどります。
1907年に作曲されたドビュッシー「映像第二集」は、「鐘」、「月」、「寺」、「金色の魚」といった題材からも分かる通り、ドビュッシーの東洋趣味を色濃く反映しています。前奏曲集は、1909年12月から1913年4月にかけて作曲され、フレデリック・ショパンの「24の前奏曲集」へのオマージュとしての作品です。この曲集はドビュッシーのピアノ作品の集大成と言えるでしょう。
「水の戯れ」は、ラヴェルの音楽的な個性が決定的に確立されるとともに、ドビュッシーをはじめとする同時代の作曲家たちにも大きな影響を与えました。水の表情を音で表すと同時に、東洋趣味による新しい響きの探求も感じられます。また、マ・メール・ロワの一曲「パゴダの女王 レドロネット」にも、異国の童話世界を彩る装飾的な音使いが印象的です。

Track List
1 | 映像第二集より葉ずえを渡る鐘の音 | クロード・ドビュッシー |
2 | 映像第二集よりそして月は廃寺に落ちる | クロード・ドビュッシー |
3 | 映像第二集より金色の魚 | クロード・ドビュッシー |
4 | 水の戯れ | モーリス・ラヴェル |
5 | 組曲 マ・メール・ロワより パゴタの女王 レドロネット | モーリス・ラヴェル |
6 | 前奏曲第二集より ヒースの荒野 | クロード・ドビュッシー |
7 | 前奏曲第一集より 亜麻色の髪の乙女 | クロード・ドビュッシー |
8 | 前奏曲第一集より 沈める寺 | クロード・ドビュッシー |
Vol.2
未来のノスタルジー ジャポニズムとオリエント
Nostalgia of the Future – The Orient and Japan
Vol.2《ジャポニズムとオリエント》では、スクリャービン、ドビュッシー、シマノフスキ、武満徹の作品を通して、ドビュッシーやラヴェルによって大きく開かれた調性的な色彩パレットに刺激を受けた作曲家たちによるオリエントを主題とした作品と、日本文化の「静」と「動」を繊細に音で描き出した武満徹の音楽という、二つの視点をたどります。
スクリャービンはドビュッシーやラヴェルたちと同世代にあたり、「詩曲」、「5つの前奏曲」において、感情や官能性、宇宙観を音に顕しています。スクリャービンの作品には、当時、ジャポニズムと共に大きな文化的潮流であったオリエントへの憧憬、象徴派の詩人、神秘主義の哲学からの影響が色濃く反映されています。
ドビュッシー「アラベスク 第1番」は和声進行と流線的な旋律の絡み合い、幾何学的パターンを感じさせる左右対称の動きは、アラビアの唐草模様やイスラムの建築のような幾何学模様を彷彿とさせる名曲です。
ドビュッシーの印象主義とスクリャービンの和声語法に大きな影響を受けたシマノフスキの「メトープ」は、パレルモ博物館所蔵のセリヌンテ神殿のメトープに着想を得たもので、ホメロスの「オデュッセイア」に登場する3つの物語を描いた作品です。
武満徹はドビュッシーやメシアンらフランス音楽の影響を受けつつ、日本文化の静と動の世界を見事に音で表現しています。

Track List
1 | 2つの詩曲 作品32-1 | アレクサンドル・スクリャービン |
2 | 5つの前奏曲 作品16-1 | アレクサンドル・スクリャービン |
3 | アラベスク 第1番 | クロード・ドビュッシー |
4 | メトープ 作品29より セイレーンの島 | カロル・シマノフスキ |
5 | メトープ 作品29より カリュプソー | カロル・シマノフスキ |
6 | メトープ 作品29より ナウシカー | カロル・シマノフスキ |
7 | 閉じた眼II | 武満徹 |
8 | 雨の樹 素描 | 武満徹 |
9 | 雨の樹 素描II ーオリヴィエ・メシアンの追憶にー | 武満徹 |
10 | フォー・アウェイ | 武満徹 |
Vol.3
未来のノスタルジー 珠玉の小品
Nostalgia of the Future – A Collection of Little Masterpieces
Vol.3《珠玉の小品》では、ドビュッシー、ラヴェル、サティ、リリ・ブーランジェ、セヴラック、リゲティらによる19世紀末から20世紀後半にかけて作曲された作品を収録しています。
ドビュッシー初期の作品である「ベルガマスク組曲」の中の一曲「月の光」、世界中で愛される名曲ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」。
1913年に女性として初めてローマ大賞を受賞したリリ・ブーランジェの崇高で柔らかな詩情に溢れ、彼女の天才性を強く感じさせる作品「古の庭」「月の庭」。
「セヴラックの音楽はとても素敵な香りがする。心の隅々まで全てが息づいている(舘野泉訳)」とドビュッシーが讃え、フランス印象音楽の最高峰とも称されるセヴラックの「日向で水浴びする女たち」「水の精と不謹慎な牧神」。
アフリカからアジアの音楽文化に精通したリゲティの、溢れるばかりの知識を背景に生み出されたピアノエチュード集より第5番「虹」。
20世紀の音楽に多大な影響を与え芸術とアカデミックな既成のルールに対し、生涯に渡って問題提起を突きつけ、それに逆らうことに生涯を捧げた異端児、サティ「ジムノペディ 第1番」。
時代や様式を超えて、それぞれの作曲家が紡いだ結晶を集めた、珠玉の作品集です。

Track List
1 | 月の光 | クロード・ドビュッシー |
2 | 古の庭 | リリ・ブーランジェ |
3 | 月の庭 | リリ・ブーランジェ |
4 | 日向で水浴びする女たち | デオダ・ド・セヴラック |
5 | 水の精と不謹慎な牧神 | デオダ・ド・セヴラック |
6 | ピアノのためのエチュード第5番「虹」 | ジェルジ・リゲティ |
7 | 亡き王女のためのパヴァーヌ | モーリス・ラヴェル |
8 | ジムノペディ 第1番 | エリック・サティ |

©Leo Kuroyanagi
福井 真菜
Mana Fukui
(ピアノ)
桐朋学園大学ピアノ科在学中、モスクワにてアサネータ・ガブリーロワ氏に師事。同大学卒業後、パリ17区コンセルヴァトワールピアノ科、伴奏科を満場一致の一等賞で卒業したのち、クラマール地方音楽院にて室内楽、声楽クラスの指導、また、シャラントン音楽院にてピアノ科教授として後進の指導にあたる。
現代音楽にも意欲的に取り組み、現代音楽祭、“Musique de notre temps” に定期的に参加。また、高い初見能力、室内楽の豊富なレパートリーを高く評価され、フランス政府国家音楽家資格試験(DEM)、数々の国際音楽祭やコンクールで審査員、公式伴奏員を務めつつ、パリを拠点にヨーロッパ各地でリサイタル、室内楽を中心に演奏活動を行う。
2015年に帰国後演奏活動を精力的に行い、2018年、東京オペラシティにてソロリサイタルを開催し、好評を博す。 2022年より室内楽の豊富な経験と知識を生かし、音楽監督として室内楽シリーズをスタートさせ、高い評価を得る。CMの楽曲提供や、舞踊/映像作品とのコラボレーションにも積極的に取り組むなど幅広い活動を行っている。
福井真菜「未来のノスタルジー」に寄せて
満を持して、福井真菜さんの録音「未来のノスタルジー」がリリースされた。福井真菜さんと聞いても、2025年の日本においてすぐにピンと来る方は多くはないのかもしれない。けれども福井真菜さんこそはまさにピアニズムの真髄を究めた、その演奏を聴くべき傑出したピアニストなのである。
収録されたのはドビュッシー、ラヴェル、ブーランジェ、セヴラックなどのフランスものからスクリャービン、シマノフスキ、リゲティ、そして武満徹までのいずれも特有の色彩を持つ作品たち。それが各々コンセプトを掲げた3枚のアルバムとして纏められている。まずアルバム1は「ジャポニズム」としてドビュッシーとラヴェル、アルバム2は「オリエントと日本」としてスクリャービン、ドビュッシー、シマノフスキ、武満徹、アルバム3は「珠玉の小品」としてドビュッシー、リリ・ブーランジェ、セヴラック、リゲティという構成。19世紀から20世紀に至る名作が今、福井真菜さんによって21世紀に新たな生命を吹き込まれたのである。
福井真菜さんは埼玉県に生まれた。音楽家の家庭ではなかったが、真菜さんが3歳のある日、アップライト・ピアノの前に座って離れないことに母が気付く…
真嶋 雄大(音楽評論家)

入交 英雄
Hideo Irimajiri
(RME Premium Recordings 音楽監督、エグゼクティブ・プロデューサー)
1956年生まれ。1979年九州芸術工科大学音響設計学、1981年同大学院卒。2013年残響の研究で博士(芸術工学)を取得。1981年(株)毎日放送入社。映像技術部門、音声技術部門、ホール技術部門、ポスプロ部門、マスター部門を歴任。2017年より(株)WOWOWにてイマーシブオーディオの制作技術開発、事業開発。2025年入交イマーシブオーディオ研究所を立ち上げ「ならまちスタジオ」を開設。RME Premium Recordings 音楽監督就任。
1987年、放送業界初となる高校野球サラウンド放送のプロジェクトに関わる。2005年より放送のラウドネス問題研究とARIB委員、民放連委員を通じて規格化に尽力。学生時代より録音活動を行い、特に4ch録音や空間音響について探求を重ね、現在では3Dオーディオ録音の技術開発と共に、精力的な制作や普及活動を行っている。
2021年 冨田勲「源氏物語交響絵巻」(プロ音楽録音賞イマーシブ部門 最優秀賞受賞)
2021年 ボブジェームス「Feel Like Making Live」UHD BD、2024年 MR.BIG 「The BIG Finish Live」UHD BD
また、個人的にも入間次朗の名前で音楽制作活動を行っており、花園高校ラグビーのオープニングテーマやPCゲームのロードス島戦記などを担当。
アートワークに寄せて
福井真菜氏によるピアノ作品集、音によるジャポニズム、アール・ヌーヴォー、未来のノスタルジーというテーマを聞いて、浮世絵春画の手足の描写にインスパイアされ、あらゆる事物の関係性のメタファーとして自身のアート作品へと昇華させているアーティスト兼子真一がパッと浮かんだ。
かつてフランスの万国博覧会で、東の最果ての地より異文化が流入して、日本のアートに心奪われた往時に思いを馳せると、そのひとつとして浮世絵とフランスの人々との出会いがあった。多色の版による美しい発色はもとより、その独特な構図、解釈、どれも異国の人々を刺激するのに十分であったことは想像に固くない。
今回選んだ、兼子真一作品「色と花-四季-」は、江戸時代に描かれた月岡雪鼎(つきおかせってい)による名作浮世絵春画「四季画巻」に着想を得て描かれており、雪鼎が男女の交わりに花と性=命の遷ろいを重ね合わせたのに対して、兼子作品は現代の女性を意識して描かれている…
正木 なお(クリエイティブ・ディレクター)
Recording Information
Recording Dates: January 11–14 and May 16–19, 2024
Recording Location: Yatsugatake Yamabiko Hall, Hokuto City, Yamanashi Prefecture
Credits
General Producer: Seiji Murai (Synthax Japan)
General Music Director & Recording Engineer: Hideo Irimajiri (Synthax Japan)
Piano Performance & Album Curation: Mana Fukui
Video Director: Leo Kuroyanagi (IRISS Inc.)
Artist Relations: Michiko Tatsumi (Muan-sha)
Bösendorfer Tuning: Jun Terunuma
Album Commentary: Yudai Majima (Music Critic)
Web Producer: Yutaka Yuasa(Synthax Japan)
Venue Manager & Marketing Director: Kaori Terasawa (Synthax Japan)
Engineering: Katsutaka Suzuki (Synthax Japan)
Creative Director: Nao Masaki
Artist Paint: Shinichi Kaneko
Special Thanks
Joji Funaki, Sachiko Kawano, Tatsushi Omori,Kanji Murai(Genelec Japan)